きゃりあのヒント
2017年6月号(6月29日発行)

国内企業の人事コンサルティング、研修講師に加え、JICAの人材マネジメント専門家としてベトナム、ミャンマー、モンゴルの現地経営者を指導、また大学でも教鞭を執られるなど、幅広くご活躍されている山崎京子先生に2回にわたりお話をお伺いします。第1回はアジアの経済発展途上国での人材マネジメント事情を、第2回はこれまでのご経験から、これからの幸せな働き方ついてお伺いします。


山 京子 氏(学習院大学 経済学部 特任客員教授)
筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍。アテナHROD代表 ロイター・ジャパン、日本ゼネラルモーターズ、エルメスジャポンにて人材開発に従事、2007年独立。国内企業の人事コンサルティング、研修講師に加え、JICA人材マネジメント専門家としてアジアの経済発展途上国の現地経営者を指導。日本人材マネジメント協会リサーチプロジェクト担当執行役員。「シニアが活き、シニアを活かすための提言」プロジェクトメンバー。産業カウンセラー。中央職業能力開発協会CSCスーパーバイザー。


PART1(6月号)
「ベトナム、ミャンマーでの人材マネジメント事情について」


■JICAの専門家派遣は、いつ頃からはじめられたのですか。

独立のため外資系企業を退社し、半年ほど起業家養成スクールに通いました。その先生だった方がJICAで仕事をしていて、モンゴルに行かないかとのお誘いがありました。その当時はMBA取得のため大学院に通っていて、修士論文で慌ただしいときでかなり迷いましたが、独立仲間に背中を押され、2008年冬に初めてJICAの人材マネジメント専門家として、モンゴルに行きました。マイナス30度の世界で、右も左もわかりませんでしたが、通訳やJICA日本人材開発センターの方々と親しくなる中で、モンゴルの人が何を大事にしているか、今後どういう風にしたいと思っているかを教えてもらったお陰で、受講生から自分のプログラムが好評価を頂き、そこからさらに、ベトナム、ミャンマーへと広がっていくこととなりました。



■具体的には何を指導されているのでしょうか。

戦略的人的資源管理です。計画経済から市場経済に移行した国の一番の問題は離職率の高さにあります。

日本センター(日本人材開発センター)でも、現地のニーズは先ずは資金調達や会計といったカネ関係で、次にものづくりや生産管理といったモノに人気がでて、数年経ってからようやくヒトのニーズが高まりますが、それは様々な問題が発生してしまってから気付くのです。具体的には、離職率を低くするための処方箋が欲しい、ということです。

次に問題となるのが部門間同士で足を引っ張り合うという、部門間コンフリクトです。その背景には、政治的変化の激しさから長期的な経営戦略が作れず、よって戦略と連動した人事制度がなく、人事評価は出来高や成果主義に偏っていることが挙げられます。

ですので、新卒一括採用、長期雇用を前提としたジェネラリスト育成型の日本的な人的資源管理だけを伝えてもうまく機能するとは思えないので、日本や欧米のやり方はこうですが、あなたの国ではどうしますか?というスタンスで教えていました。



■どういった方が受講していたのでしょうか。

二つの層がありまして、一つは中小規模の企業の経営者や経営幹部です。お金もあり、教育も受けている人が会社を興したけどうまくいかない、だから経営を勉強しなくてはという意識の高い層です。そしてもう一つが工場長や人事部マネジャーといった、人に関係する部門の中間管理職です。総務と兼務のように独立した人事部がない会社が多かったのですが、人事は専門性の高い領域であることを理解してもらいたいと思ってやってきました。



事例では、ベトナムの企業が評価制度を導入したとありますが、これらの国でいう評価基準はどのようなものなのでしょうか。

まず、社内に能力評価の仕組みを持っていないところが圧倒的に多いです。一般的には、評価で一番あるのが、遅刻すると罰金というような減点方式で、就業規則を見せて貰うとまるで罰則集のようなものになっています。ほかには、私語をしないなど勤務態度を見る態度評価はありましたが、能力評価という考え方ではありません。よって、すでに言及した通り、出来高や成果が最も分かりやすい人事評価基準になるのです。

ただ、こういった国でマネジメントする日本人にわかってもらいたいのは、ミャンマーもベトナムも、元々が社会主義であり、市場経済化の途上である、と言うことです。

ベトナムでは1996年の外国投資法施行以降、外資系企業が進出するとともに、色々な国の評価制度が入ってきて、まず学んだのが「成果主義」です。ただ、成果はMBO(目標管理)というものではなく、何個作ったらいくらボーナスというようなテイラーの科学的管理法のようなスタイルです。

授業でも教えていますが、人材マネジメントの流れは、1900年代初頭から始まった経済人モデルの「人間のモチベーションはお金」からスタートし、ホーソン工場の実験結果後に示された「人間関係が大事」と続き、その次にバーナードの「自分で立てた目標を自分が実施」という考えに発展し、さらにマズローの欲求5段階説の「人は自己実現を目指す」へと移行していきます。

ここまで来るのにアメリカは100年、日本も60〜70年掛かっています。先行事例があるためスピードは早いものの、ミャンマーもベトナムも同じところからスタートして、段階を踏んでいるところなのです。日本から比べて遅れいている、とか、そうした一方的な比較ではなく、それぞれの国の発展段階を踏まえた対応が必要なのです。

今はバランススコアカードを活用してKPI(重要業績評価指標)で人事評価をするという考え方に経営者が飛びついています。合理的でわかりやすいからですが、本来、戦略目標とか部門目標として効果的なKPIを、個人にも付けてしまい、それを評価制度と呼んでいます。個人に数値を落とし込み、達成できないからといって給料を下げるというのはノルマ以外の何者でもありませんし、さらに評価結果を上司が部下にフィードバックすることもないため、本人は評価の根拠に納得ができず、より給料の高い他社に転職していってしまいます。

こうして制度のみならず運用面の問題が、離職率が高くなる大きな要因になっているのです。「成果も大事だが能力がないと成果がでない。よって能力要件を明確にすれば能力評価ができるし、教育目標がはっきりし、採用基準を学歴に依存することもなく、人事制度に一貫性ができる」ということを教えています。



■ベトナムやミャンマーでのキャリア形成はどのようなものでしょうか。例えば、組織内でワーカーからマネジャーへ昇格するということはあるのでしょうか。

基本的にそれは見られません。両国とも市場経済化してからまだ時が経っていないため、経営に携わる高学歴な人と教育を受けられない人に二極分化しています。教育を受けられない層は、ワーカーになりますが、マネジャーやオーナーになるのはまだ難しいです。

二極分化の問題点として、高学歴や海外経験のある20代の実務未経験者をマネジャーとして採用してしまうために、ワーカーの気持ちがわからず、ピープルマネジメントできないということが起こっています。学歴に依存したキャリア形成の限界であり、実務経験を有する中間マネジメント層の空白化が大きな課題です。

ワーカーレベルの教育水準については、二極分化を緩和するために、JICAのようなODAでも教育は常に重要な課題であり、また、心ある経営者も従業員の子供たちの教育費を支援するなど、次世代は良くなるようにと思っている人も多くいます。



■階層を超えることは難しいということは、処遇のために他の会社に転職するということが多いのでしょうか。

ワーカーの転職率はすごく高いです。ある日本企業の工場では、ベトナム人の工場長が日本人の上司から、離職率を何が何でも抑えて生産を維持するよう厳しい目標を押しつけられ、人事採用やリテンションの方法が分からない彼は、やむなく募集の際に賃金を高く見せかけて大量採用したものの、数ヶ月で離職されるという悪循環に陥っていました。一方、現地人事がうまくいっている日本企業は、日本人と現地スタッフのコミュニケーションがよく、日本の制度を押しつけず、現地スタッフを信頼して権限委譲しています。ベトナムに進出している日本のある流通業では、ベトナム人の人事部スタッフが自社スタッフへの研修の場で、東日本大震災の際に会社が支援を行ったことを挙げ、自分たちの会社はこんな素晴らしいのだと、泣きながら語っていたのです。このように、現地のスタッフを信頼してきちんと育成すれば、彼らも会社に愛着を持ち定着してくれるのです。



■ベトナムやミャンマーに進出した日本企業が、現地スタッフのマネジメントで困ることはありますか。

現地の日本企業の人は、ベトナム人やミャンマー人はチームワークができないと言います。ですが、日本人は学校教育の中で運動会や部活など無意識にチームワークを刷り込まれていますが、そもそもベトナムやミャンマーでは学校行事もあまりなく、チームワークを学ぶ環境にありません。彼らも日本人にそう言われるから、自分たちがチームワークができないと思い込んでしまっていますが、授業でリーダーシップのゲームを行うと、いいチームビルディングになります。こういった教育を会社に入ってから受けることでもチームワークが身に付くことを伝え、部門間コンフリクトの問題解決に繋げています。



■開発途上国で見習うべきことはどういったところでしょうか。

いいと思ったことをすぐ取り入れるスピード感、「べき」という考えにとらわれない柔軟性です。外国企業との取引の多いベトナムのあるIT企業では、人材採用のポートフォリオが日本の新卒一括採用と欧米の中途採用とのハイブリッド式になっています。組織文化を担う新卒採用と即戦力とする中途採用を組み合わせることで、よりよい組織になるようにしています。このように取引先などの色々な国の制度をどんどん取り入れ、ベトナム風につなぎ合わせています。

ベトナム人は物事を楽しく捉えることが好きで、以前メンタルヘルスの講義でストレスチェックテストを行いましたが、ストレスがないので意味がありませんでした。自分がストレスで潰れてしまう前に、辞めたり、軽く手を抜いたり。真面目な日本人からすればイライラするかもしれませんが、厳しさで追い込むより、楽しさでモチベーションを上げる方が効果的なのです。会社内でサッカーチームを作ったり、社内ラジオ局を作って社員がDJをするような会社もあります。


モンゴル人の経営者には、税金を払って国を良くしたいという思いがあります。自分の会社が利益を得ることで税金を納め、国を良くするという意識がとても強いです。こうした意識は昔の日本にはあったかもしれませんが、豊かになって忘れてしまったことの一つかもしれません。こうした国の人々から日本人が見習うべきことは沢山あると思います。