キャリア塾
2017年5月号(5月25日発行)
立正大学 経営学部
准教授 西岡由美 氏

第5回

このコラムでは、人材マネジメント上の重要な課題である雇用形態の多様化の実態とそれに対応した人事管理の在り方についてみてきました。残りの連載2回では、こういった現状を踏まえ、組織内の個人のキャリアをどのように捉えるべきかについて考えていきます。


アメリカの組織心理学者エドガー・H・シャインは、キャリア開発の視点の本質は、時間の経過に伴う個人と組織の相互作用に焦点があるとし、双方にとって利益があるようなキャリア開発の重要性を指摘しています。そして、組織内における個人のキャリア発達の方向について三次元モデル「キャリア・コーン」を提唱しています。図1に示すように、このモデルでは組織構造が円錐形で表現されており、組織内でのキャリアは3つの方向性によって形成されると考えられています。

まず一つめは、組織の垂直的な方向、つまり職位や職階を上がること、もしくは下がる移動によって形成されるキャリアであり、円錐の上に向かうほど、組織内での地位が上がっていくことを示しています。二つめは、円周上に沿った水平的な方向、つまり専門的知識によって分けられた部署・部門間の移動によって形成されるキャリアです。例えば、研究開発部門から営業部門といった異なる職能間の移動がこれにあたります。三つめは、組織の中心に向かうことによって形成されるキャリアです。輪切りにした面の中心に向かうほど、その職のエキスパートとなり、組織のなかで重要な中心的役割を担う立場になります。これは「中心性または部内者化」と呼ばれています。このように、個人は組織のなかで昇進・昇格、異動、教育訓練等を通して垂直、水平、中心という3方向にキャリアを発達させていくのです。


図1 キャリア・コーン

出所:E. H. Schein (1978), Career Dynamics : Matching Individual and Organizational Needs, Addison-Wesley.
(二村敏子・三善勝代訳『キャリア・ダイナミクス』白桃書房,23頁)。

しかしながら、このコラムでこれまでとりあげてきた雇用形態の多様化はこれら3方向へのキャリアの発達をこれまで以上に困難かつ複雑なものにする可能性があります。通常、企業は雇用形態ごとに異なる人事管理を適用します。そのため、雇用形態によって昇進・昇格のスピードは異なりますし、昇進・昇格の上限も異なります。さらに同じ正社員であっても限定正社員の場合には、担当できる職能に制約があるため水平の方向への広がりが限定されてしまいます。また表層上は同じ仕事を担当していても、雇用形態によって組織の中で担う権限や影響力が大きく異なることから、全ての雇用形態が同じように組織の中心になっていくことは難しいです。これは正社員と非正社員の立場の違いをイメージするとよくわかりますし、コラムの第1回で紹介したアトキンソンの「柔軟な企業モデル」で示した労働者の中核グループと周辺グループの分類からも明らかです。

さらに組織内の個人のキャリアを考える上で、もう一つの大きな変化は働く側のキャリアに対する意識です。第2回で紹介したように、これまでは画一的な働き方であった正社員についても、「いつでも(労働時間)」「どこにでも(勤務地)」「なんでも(仕事)」を前提とした働き方に変化が生じています。とくに個人の生活上の都合やライフスタイルに合わせて、時間限定、勤務地限定といった働き方を選択するケースが増加しており、職業生涯が長くなる中で、複数の雇用形態を経験する、場合によっては行き来する人も少なくありません。そして働く側は従来のように組織に任せるのではなく、様々な変化に対応して自らのキャリアを主体的に選択しようという傾向が強まっています。厚生労働省「能力開発基本調査」によると、「自分で職業生活設計を考えていきたい」と考えている人の割合は、正社員では「自分で職業生活設計を考えていきたい」が29.1%、「どちらかといえば、自分で職業生活設計を考えていきたい」が38.9%であり、両者を合わせると68%(非正社員では半数以下)が主体的に職業生活設計を考えたいと回答しています(図2参照)。こうした動向を反映して、大企業を中心に個人の主体的なキャリア形成を支援しようとする動きが活発化しています。

では、雇用形態の多様化により3方向へのキャリアの発達が困難かつ複数化するなかで、企業はどのように個人の主体的なキャリア形成を支援すればよいのでしょうか。最終回の第6回では、この点を中心に考えていくことにします。

図2 職業生活設計の考え方
出所:厚生労働省「平成28年度能力開発基本調査」



筆者プロフィール

西岡 由美(立正大学 経営学部 准教授)

学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程(経営学専攻)満期単位取得退学。湘北短期大学総合ビジネス学科助手、専任講師を経て、2010 年より立正大学経営学部専任講師、2012 年より同准教授。 主な著者は、「契約社員の人事管理と基幹労働力化 ― 基盤システムと賃金管理の二つの側面から―」『日本経営学会誌』第36号, pp.86-98, 2015年、「人事方針と人事施策の適合と企業成長」宮川努・淺羽茂・細野薫編『インタンジブルズ・エコノミー: 無形資産投資と日本の生産性向上』東京大学出版会, 2016年。