キャリア塾
2016年3月号(3月24日発行)
国立大学法人 東北大学
高度教養教育・学生支援機構
キャリア開発室 高橋 修 准教授

学校から社会・職業への移行に伴う課題の3回目である今回は、社会が求める人材ニーズと大学教育について考えてみたいと思います。

1.社会が求める人材ニーズ

バブル経済が崩壊してから、早いもので四半世紀が経ちます。今の大学生に、「バブル経済が崩壊する以前は、……」と講義しても、反応が鈍いのは無理のないことかもしれません。それはさておき、まずは社会が求める人材ニーズの近年の変化を振り返ってみましょう。

1990年代の産業界では、バブル経済の崩壊を契機とした企業業績の長期低迷もあり、日本的雇用慣行の特徴の1つである終身雇用慣行が揺らぎ始めました。そこで、日本経営者団体連盟(当時)は、「エンプロイアビリティ」(雇用されうる能力)という新たな能力概念を1999年に提唱しました。それは、現在勤務する企業の中で発揮され、継続的に雇用されることを可能にする企業特殊的能力に加えて、労働移動(転職)を可能にする汎用的能力の向上をも従業員に求めるものでした。

そして、企業は終身雇用を保証できなくなった代わりに、従業員のエンプロイアビリティ向上のための能力開発を支援するというスタンスへと転じました。このような変化に伴い職業キャリアに関しても、組織に依存せず個人が能動的かつ継続的に形成する「自律的キャリア」の重要性が論じられるようになりました。

また、産業界が求める人材ニーズや能力要件も、1990年代の後半頃から変化が見られるようになりました。それを象徴する能力概念が「コンピテンシー」です。コンピテンシーとは、職務遂行のために必要な知識やスキルを活かして、期待される成果を生み出すことのできる行動特性や思考特性のことです。

当時、バブル経済崩壊後の長引く経済不況、グローバル化の進展に伴う国境を越えた企業間競争の激化、急速な情報通信技術の発展など、急激で構造的な環境変化に直面した企業は、過去の成功体験にとらわれずに現状を変革し、新たな事業価値を創造する必要性に迫られました。そのために、従業員は知識やスキルを単に保有しているだけではなく、それらを具体的な行動として表出させ、成果に結びつけることが求められるようになったのです。そこで、卓越した成果を生む要因は何かを明らかにしようとするコンピテンシーが、従来の職務遂行能力のような潜在性・保有性ではなく、能力の顕在性を特定できるものと期待されたのです。



2.変革を求められる大学教育 −専門知識と汎用的能力−

21世紀に入ると、エンプロイアビリティやコンピテンシーなど産業界の人材ニーズを反映させるかたちで、経済産業省から2006年に「社会人基礎力」、文部科学省から2008年に「学士力」という能力概念が提示されました。

社会人基礎力とは、「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」(経済産業省HPより)のことであり、図1のとおり3分類、12の能力要素から構成されています。これは、産官学連携による検討会での議論を経て、企業・学生・学校等の関係者間における職業能力に関する共通言語たり得るものとして提起された概念です。



図1:社会人基礎力の能力要素(経済産業省HPより)



また学士力とは、(1)知識・理解、(2)汎用的技能、(3)態度・志向性、(4)統合的な学習経験と創造的思考力から構成されます(中央教育審議会「学士課程教育の構築に向けて(答申)」2008年)。これは職業能力の観点のみから提示されたものではありませんが、論理的思考力、問題解決力、コミュニケーション・スキル、チームワーク、リーダーシップなど、具体的な能力要素をみると結果的に社会人基礎力と重なる部分が大きくなっています。

このように、21世紀を迎えて大学教育は大きな変革を求められています。これまでは、学部・学科の専門分野に特有の知識を教育することを重視してきました。なぜならば、学部・学科特有の専門知識、専門的職業人としての資格や免許取得に係る教育は、そこの存在意義にかかわるものだからです。例えば、栄養学科を標榜しながら、栄養学や栄養士免許取得に係る専門教育科目が不十分であれば、学科としての存在意義そのものが問われるでしょう。

しかし、今や専門知識の教育だけを行えばよいという時代ではありません。大学も社会的な存在である以上、社会が求める人材ニーズを踏まえながら、専門知識に加えてエンプロイアビリティやコンピテンシー、言い換えればどのような職業にも共通して必要とされる汎用的能力の教育を行うことも求められているのです。ちなみに、筆者の勤務校では、育てるべき人材・能力像として専門力、鳥瞰力、問題発見・解決力、異文化・国際理解力、コミュニケーション力、リーダーシップ力という6つのキー・コンピテンシーを掲げています。



3.座学からアクティブ・ラーニングへ

そして、このような汎用的能力を育むためには、従来からの座学だけでは限界があり、学生の能動的な学習を促す教育の質的転換が必要となります。そこで、近年はどこの大学でも「アクティブ・ラーニング」の導入が進められています。

アクティブ・ラーニングとは、教員による一方向的な講義形式ではなく、ディスカッション、プレゼンテーション、問題解決学習、プロジェクト型学習など、学生の能動的な学習を取り込んだ授業を総称する用語です。それは、「読み書きや議論、発表といった能動的学習経験と、フィードバックされた課題を精査することなどを通じて、自身が行った学習を自覚的に顧みようとする省察的学習経験の双方を含む」(濱名・川嶋・山田・小笠原編著『大学改革を成功に導くキーワード30』学事出版,2013)ものです。図表2は、能動的学習経験か省察的学習経験か、教室内学習か教室外学習かの2軸で分類したアクティブ・ラーニングの具体例を示しています。



図1:社会人基礎力の能力要素(経済産業省HPより)



このようなアクティブ・ラーニングが成果を生むためには、地域社会や地元企業などとの連携や協力が不可欠となります。例えば、学生のコミュニケーション能力や問題発見・解決力を高めるという到達目標を設定して、グループ単位でのフィールドワークを伴うプロジェクト型学習を行おうとしても、学生の受入先がなければ実現できません。

受入先からすれば、通常業務の手を休めて学生の応対をすることは、生産性の低下につながってしまいます。それを承知で受け入れてくれる相手に報いるのは、専門知識と汎用的能力をバランスよく身につけた人材を地域社会や地元企業などへ輩出し続ける、という学校側の覚悟ではないかと考えます。

学校から社会・職業への移行に伴う課題ついて、3回に渡って考えてきました。学生がスムーズに移行するためには、学校と地域社会・企業との連携・協力が不可欠です。その第一歩は、両者の相互理解を深めること。その橋渡し役としては、キャリア・コンサルタントが適任ではないでしょうか。